手加減されるのって悲しい。アラフィフ日本女性の訴え。

 

みなさん、こんにちは。アラフィフ独身女の十七夜夢子です。
私は10数年前にオーストラリアの永住権を自力取得して、
以来、どちらかというとオーストラリアで暮らしている期間のほうが長いです。
でも、駐在とか?ダーリンは外国人とか?そういう華やかな面はなく、
地味~に日本人の就けるカスタマーサポートなどの仕事をして、
なんか暇だな~と思いつつ、気づいたらこんなに時間がたっていましたよ。
今は何と無職、トホホ。日本で言う失業保険をもらいながら細々と暮らしています、
それも友人のリビングで。ハハハ。もうアラフィフなのにな。

 

今のアラフィフって、バブル世代から、劇的にバブルが弾けた世代まで、
なかなかギャップがあって、一括りに「こういう世代」と言い切ることができない気がしてるんですが
結構、昔のアラフィフよりは、人口が大きいこともあって、常に消費を牽引してきた

イコール社会の中心であったという自負心があるんじゃないか?と思っています。

 

だがしかし。

 

(女は)若さこそ全て、的な価値観は、若い女性が少なくなればなるほど(つまり現在)
昔もあるとは言うものの、どんどん膨らんでいっているのは否めないですよね。

 

自分がババアなのをうっかり忘れ、日本はなかなか厳しかった。

 

私は何を思ったか、47歳の時に「オーストラリアに一人で暮らしてても意味なーし!
日本にゴーホームだべ、そしてバツイチの優しい日本人男性をゲットするべ」と
ウキウキで日本に戻ったのですが、その生活は悲惨そのものでした。

なぜってあれですよ、年齢の壁。

 

馬鹿かと思うでしょうが、これがオーストラリアだと年齢関係ないから、自分が
どういう立ち位置かなんか、すっかり頭から抜け落ちてしまったんですよね~

アハハハハハ

 

しかしショックは実は相当ありました。

 

 

人種差別の(すく)ないオーストラリアで直面するモンダイ。

 

オーストラリアでは隠されているけど、別のモンダイがありまして。

仕事場やらどこやらで、日本人永住者のほとんどがたまに襲われる、
否応のない残念感があるのですが、
これが何かといいますと、すなわち、、

差別が少ないとされるオーストラリアで、当然のように隠されているクベツ?

 

すなわち(二度も言う)

 

ネイティブでない

 

ということ。

 

このせいで起こるさまざまな残念なことに未来永劫、向きあわなければならない

ということに、疲れてしまっていた、というのがあったんです。

 

当たり前の話かも知れないのですが、オーストラリアでは、ネイティブでないと
お客さん扱い的な?感じになってしまう。
難民出身でも、子供の時などにオーストラリアに来て、英語がネイティブな人は
学歴がどうであれ、あっさりマネージャー職などに就くことも珍しくありません。
というか、そんな人々を私は見てきた。

 

一人前に扱ってもらいたいものよ…。

 

なので、日本に戻って、正真正銘の日本人である自分は大手を振って歩ける!
と思っていたら、今度は別のクルシミが待っていた…なんてね。

私の友人のアラフィフ?女性は、ローカルの職場で働いているのですが、
英語は私から見ればものすごくウマイ。
TOEICなど受けたら満点取れるレベル。
でも、職場で一番、英語が下手な人なんだそうです。

そして、ショックなのが、ネイティブの若い男の子などから
ゆーっくり、英語を話されることなんだとか。

 

「もう、なぜか知らないけど、おばあちゃん扱いされているみたいなの。
これだったら、ものすごく早口で言われて、何度も聞き返す方がまだマシ」
とのこと。

「だから私には、年を取った人とか、ショウガイがある人の気持ちがすごくわかる。
一人前に見てもらえないのってツライよ」

そういう彼女の話に、何度も頷いてしまったワタクシだったのでした。

 

とりあえず、前向きに生きよう。それがいい。

 

とりあえず、ネイティブにはどうしてもなれないけど、
そして年齢も変えられないけど、
でも気持ちの持ちようで、実際に見た目は若くいられるそうなので

変だけど明るく若く見える日本女性、を目指そう、と思ってます。

気持ちの持ちようで実際に若くいる秘訣は、次回。

 

簡単です。