エドガー・ケイシーが語る「子供を持つということ」について

最近、子供を持つ、持たないということについて思いを馳せたりしております。身近な女性が50歳で卵子提供で妊娠したせいかもしれません。また、自分の年齢がとうに妊娠可能年齢を過ぎているからなのかも。今回も私の好きな、ケイシーのリーディングを、子供にまつわるものを中心にご紹介します。

 

魂が赤ちゃんの中に入るタイミングについて

 

若かりし頃のケイシーさん

 

問1 魂は生まれる前に、体に宿るのでしょうか。

 

答1 魂は、肉体として最初に呼吸した時に入ることもあれば、物質世界に生まれ出て最初の二十四時間以内に入ることもある。
いつも最初のひと呼吸で入るというわけではない。ときには数時間かかることもあるし、入ろうとしている魂自体が入れ替わることすらある。

 

問2 そうすると、魂が入るまでの間、何が肉体を生かしているのでしょうか。

 

答2 霊だ。物質の霊も、その源は命、つまり神であるからだ。よろしいかな。
(2390-2)
                             引用:エドガー・ケイシーが示す愛と結婚の法則

 

 

いきなり、なかなか飲み込めない?かもしれないリーディングから始まりましたね。

 

稀代の霊能力者、エドガー・ケイシーは、自分が催眠状態に入っている時に質問されると
どんな質問にも答えることができました。

このとき、彼は自分のことを「我々は」と言っていたことから察するに、ケイシーを導く霊団がケイシーを通して話していたと推察されます。

 

さきのリーディングに戻りますが、

よく、小さい子供さんが、自分を妊娠中のお母さんが編み物をしていたとか、お父さんと喧嘩をしていたなどと話すことがあってびっくりする、という話を聞きますよね。胎児はお腹の中で既に聞いているんだ、というような。でもこのリーディングから推測すると、その赤ちゃんの体に入ろうかと思っている魂が、妊娠中のお母さんの周りに漂って観察しているのでは、と思えますね。

 

魂は、生まれた後に入り、しかも入れ替わることすらあるということなのであれば、何が魂を引き寄せるのか?ギモンが沸きます。(ここで、子は両親を選べないというのはまるっきり逆ということがわかりますよね)

 

次のリーデリングでは、魂はどうやら親となる人の思考や態度から、親となる人を選んでいるらしい、と推測できるものです。

 

 

子供を待つ間の心得についてのケイシーのリーディング

 

 

問7 これからの数ヶ月間、私はどのような精神的態度を保てばいいのでしょうか。

 

答7 それはどのような性格の魂を望むかによる。生まれ来る子に、音楽や美的感性を望むなら、あなた自身がもっとそれを心に持つべきだ。他の芸術的なものでもよい。あるいは徹底して機械的な性格をお望みだろうか。どれならば機械のことを考え、機会いじりをすることだ。こんなことをしても意味はないなどと思ってはならない。心に強く思うことは、その機械をもたらすことになるのだから。
全ての母親は次のことを知らなければならない。
つまり、母親が常日頃持っている精神的態度は、そのような(妊娠)期間に、それらの経路を通して地球に入ろうとする魂の性格に、多いに関係するということを。-以下略-(2803-6)

 引用:エドガー・ケイシーが示す愛と結婚の法則

 

 

祈ったり、瞑想することもすすめられています。

 

 

覚えておきなさい。瞑想したり、祈ったり、求めることで、偉大な魂をこの世に招き入れるための環境を作り出しているということを。
なぜなら、妊娠期間には、生まれ来る子に対して責任を持つ人たちの態度や、子育ての務めを引き受けようとする人たちの姿勢が、彼ら自身にとって、また他の人たちやこの世界にとってすら祝福となり得る偉大な魂を招き入れるかもしれないからだ。昔からいわれているように、この世に子供をもたらす人々はまことに祝福された人々である。(540-7)

                           引用:エドガー・ケイシーが示す愛と結婚の法則

 

 

 

ケイシーは、子供を産むということについて「魂を物質界へ送り出す経路となる」といった言い回しをしています。

そして、そういう経路となる決心をして赤ちゃんの誕生を心待ちにする人たちを「選ばれた人々」という言い方をしますね。親になりたいと切望するということは、子育て自体が大変なことも含めて自分を捧げる決心をしているということにほかならないという考えからです。また、肉体的に適切であるか、も関係があります。しかし、「選ばれた者」という言い方をするけれど、だからと言って選ばれなかった者(子どもを持たなかった人)が劣っているとか、そういうこともありません。その人の今生でのプランによってそのようになっている人たちもいるからです。ある人に対して、過去生で実を結ばなかった(子を持つ)ことを今生で試み、成功するだろうということを語っているリーディングもあります。

 

昔はもちろん、最低限、肉体的に適切な状態でなければ子供をなすことはできなかったわけなので、こういったリーディングが残っているわけですが、これが現代のような医学の発達した時代なら、ケイシーに対してどんな問いが生まれ、どんな答が出たのだろう、と思わずにはいられません。

 

肉体的になぜかどうしても子供が持てない人達が、養子をもつことを相談しているリーディングもあり、個々のケースによって違うものの、

「養子を取るなら、他の者を入れてはならない。養子を取らないなら(老いた)母親と同居もよいが、養子のほうをすすめたい」というアドバイスをしているものや

「血はつながっていなくても、霊的なつながりがあったからこそ、養子になったのだと、養子であることを伝える時には説明するように」といったリーディングもありました。

 

ケイシーのリーディングは常に肉体的、精神的、霊的なつながり、という視点から切り離せません。もちろん、現代科学では未だ、この手のものにはお手上げで解明できてはいないし、たぶん科学が解明することができるまで待っていたら、私達はかなりおばあさんになっているかも?

 

最後に、こんな感動的なリーディングを。

 

 

人が、物質世界の経験に入ってくるのは偶然によるものではない。魂をこの世に送り出すための経路を作り出そうとする心と心の結合があり、また、それを作ろうとする二人の願望ゆえにそれを求める魂がいる。---こうして、その機会がもたらされるのである。(1981-1)

                            引用:エドガー・ケイシーが示す愛と結婚の法則

 

 

今日もお読みいただき、ありがとうございました!