コロナがほぼ終了したオーストラリア(ビクトリア州をのぞく)で無くした友情にしばしたそがれる。

皆様こんにちは、アラフィフだけど未だにシェアハウス暮らしの夢子です。

日本よりいち早く外出禁止になったけど、これまたいち早く外出禁止が解けたオーストラリアはシドニーに現在住んでいます。

現在の状況がどんな感じか、またコロナのせいで色々考えさせられたことをつらつら書いていきますね。

 

コロナのせいのロックダウンはかなりきつかった。
そして表題とおり、まさかの友情もなくしましたよ。

 

コロナ始まった初期、いきなりなくなるトイレットペーパーとパスタ、米、肉

 

思い出すのも懐かしいですが、確か、ヨーロッパでコロナ感染者が急増したというニュースが出てきた頃かと思います。

 

首相が夜、緊急発表を行うといっても、別に気にも止めていなかった私と友達(当時のシェアメイトというか、マンションの所有者、御年60何歳。)。

 

モリソン首相、私は立派と思ってますです。

 

日本でこの手の発表があっても中身がないこと多いですよね?なので首相の発表をぼーっと二分ぐらいテレビ画面をみただけで、気にもとめずいつもどおり普通に寝ました。

そして翌日。
トイレットペーパーだけでなく、缶詰、米、パスタが棚からほぼ消えるという事態が突如発生。
いつも大量スタンバイしていた大きなカートが
全部出払うという有様。なのに事態を軽くみて、またまた〜冗談でしょ?オイルショックじゃないんだからさぁ、とそのままその日は気楽に帰宅してしまった私。

 

その翌日には、トイレットペーパーはこつ然と棚から姿を消し、パスタ、米なども一切なくなりました。

 

手指消毒剤やらも全部なくなっていた。

 

※写真はイメージですだ。

 

その次の日ぐらいには、まさかの肉が棚から全部なくなった
スーパーの肉セクションだけでなく、個人経営の肉屋にも肉が買い占められて、跡形もなし。
食べるものがなくなる!!と一気に恐怖が襲いましたよ。

まあ、その後しばらくして肉も徐々にもどってはきたんですけど、米がない、肉がない、トイレットペーパーがない!というあの取り残された絶望感。
二度と味わいたくありません。

日本人の友達と話したんですが、こういうとき、危機を感じて迅速に動いたオーストラリア人はある意味、すごいなと。

普段、のんびりしていると思っていたのに、ぼんやりなのはどっちかというと日本人の方では?という結論に至りました。

 

思うに、オーストラリア人、また移民の方々はそれぞれ様々なニュースソースにアクセスしていたに違いないと思う。

 

ヨーロッパ系移民は母国の実情を知りすばやく動き、アジア系移民、特に中国系移民はそもそもはじめからこの状況を知っていた。

 

コロナがまだオーストラリアでそれほど認知される前から、チャイナタウンなどは閑古鳥が鳴いていた。もともとそういう場所にはオーストラリア人は行かない。

 

当のオーストラリア人は、やはり首相の緊急生中継にめちゃめちゃ触発されたのだと思う。

 

その翌日からだもん、買い占めがスタートしたの。

 

 

そして我ら、オーストラリア在住日本人のボケ加減。

 

いや、ボケていたのは私ほか、周りの人間だけだったかもですけど。
今ここに危機がある!という状況を実感を持って察知できなかった。周りが動いて、スーパーの棚に必要不可欠な食料がなくなって、やっと青ざめたという、後手後手対応。

 

特に、なんか年配の日本人は「えー、嘘でしょ〜?」ってヘラヘラしてたイメージがあるんですよね。年配者のほうが危険と言われていたのに。
(あくまで個人の感想とイメージです。)

 

で、私は思った。私が子供の頃の年配者は、もっと分別があり、もっとシリアスで人生の側面を厳しく見ていた。「嘘でしょ〜」「そのうちもとにもどるわよー」なんてことは言わず、むしろ最悪に備えて「おまえもとっとと準備しろ、間抜けが」と
言ってくれた気がする。

 

 

情報格差がありありと。結局、英語がピンときてなかったのかも?

 

 

実は、やはり迅速とは程遠い日本の対応に慣れていると、オーストラリアの刻一刻変わる対応についていけなかった日本人は多かったんでは、と思います。

 

その後、カフェやレストランはまだ営業停止になっていなかったにも関わらず、客は一組、二組程度という状態に。

 

で、この一組、二組程度のうちの一組が日本人グループだったりして、
「いや、客は自分たちしかいなかったよ(だから安全)」などとうそぶいたり。

当時、コロナは爆発的に増加している未知のウイルスだったわけで、

朝のニュースなどでも

握手はするな」「ハグはするな」「1歳の子供の誕生日パーティでもするな(こちらでは子供の誕生パーティは家や外で大勢を招いて大掛かりにやる)」
外出から帰ってきたら念入りに手を洗おう!
と散々人々を啓蒙していました。

 

ニュースはコロナ一色。

 

見逃すほうがおかしいレベル。

 

なのに、うちのマンションのオーナー日本人60ん歳は
レストランには行くわ、友達家族をマンションに呼ぶわ、友達家族(日本人家族)は手を洗わないわ、

私には疑問しか浮かばなかったです。

 

なぜ??

 

なぜこの時期にレストランとか普通に行く?

 

みんな、(特に中国系移民が多いこの国で)怖くて自重してるっていうのに。

 

で、、、言いたくないけど、やっぱり結論としては、
ニュースソースにアクセスできなかった、もしくはニュースなどテレビで見ていたとしても英語だから(爆)ピンときていなかった、としか
思えないんですよ。

 

ニュースはコロナ一色だったとしても、故意に見聞きしなければそれまでだし。
普通は何がどうなっているのか知りたいと思うけどね。

 

他の日本人の友達も言っていたのですが、
日本人だけでなくても、移民の人たちがどれだけ毎日変わっていくルールを追いかけていけていたかは疑問だと。

 

だって、レストランやカフェが営業停止、テイクアウェイのみ、と決まってニュースで流れたのが午後だとすると、
当日午後6時から開始!みたいな迅速さです。
(詳しいことは忘れちゃったから若干タイムラインまちがってたら許してください)
営業してたら罰金です。

 

そう、日本と違い、罰金があるからみんな、本当に真剣に受け止めて、外出禁止やソーシャルディスタンシングをよく守ったと思います。

 

本当に立派。本当に偉い。

 

だから、むしろ私の目には在住日本人の不真面目さが目立ってしまった。

 

特に、50代以上の中高年。

 

本当に遊び好きすぎるとおもいました。

 

人を家に招いちゃいけない、招いたら罰金、とかなのに、平気でうちのオーナーは遊びにいっていましたし。それも日本人家庭へ。
普通は断るでしょう、でもお友達の日本人家庭も断りもせず、招き入れていたんですよね・・・。

 

だから、みんな、事態を把握していなかったとしか、思えないのです。
知らなかったとしか。

 

日本人、レベル低いかもしれん・・・特に日本人家庭の中高年・・と思いました。
英語が面倒くさくて、ネットもテレビも見ていなかったんだろうなあ。

日本のことや世界のことはYoutubeで知れても、肝心のオーストラリアのことは人づてにしかわからない。普通はタイムラグがあっても平気だけど、今回は迅速すぎて、知らない人は知らない、そんなふうになってしまったんでしょう。

 

50代、60代の子供たちももちろんネイティブですが、オーストラリアでは成人した子供と親はあまり同居しないから、高校生ぐらいの子供がいる人のほうが色々子供から聞いて情報がわかっていたかも?

 

でも、日本人家庭でも日本語を話せない子供さんも多いから、子供がニュースを聞いて英語で説明してもピンときてない親がいたんだろう、と思います。

 

関係ないけど、今でこそオーストラリアでもバイリンガル教育に熱心な親御さんって多いけど、昔は多分、子供が英語話すのが誇らしくて、日本語が話せないことに気づかない親って多かったと思うんだ。

 

それって現地語を話してるだけでなんら誇らしいことでもないと思うんだけどね。
50代、60代は結構そういう世代と思う。

 

 

6ヶ月は立ち退き勧告禁止令のはずなのに、立ち退き宣告された。

 

ここまで読んでくださって、もうお察しかと思いますが、そう、そんなこんなで、
コロナ対策の不一致」から、私とオーナーは決裂してしまい、私は部屋を出ないといけなくなってしまったのです。

折しも、「家賃払えなくても半年は退去勧告禁止!」という国の方針が定まったあとの話。
でも、当時、ニューサウスウエールズ州では、まだ
しっかりした州法ができる前でした。

 

しかも私の場合、家賃が払えないのが理由ではなく、オーナーが「あんた神経質すぎる、やっていけない」とへそを曲げた?のが理由。

 

まだお宅訪問禁止なのに、シェアハウス探すなんてむりだよー!!
コロす気ですか!!

という中、退去勧告を出されてしまった私、その日から、一緒にくらしているがお互いできるだけ話さない、という外出禁止令下の生活が始まったのでした。。

 

続きます。