臨死体験であの世で頑張っている芸術家を見た人の話と、私の不思議体験

みなさん、こんにちは、アラフィフ独身の夢子です。皆さんは臨死体験やあの世の話を信じますか?私は信じます。よく、テレビなどで臨死体験は「脳が幻覚を見ているだけ」と一生懸命私達を説得しようとしてますけど、普通に死んだ後は別の世界に行く、と考えた方が辻褄があうと思っています。というわけで、死んでも私達は死ねない、という話です。

 

あるドイツ人科学者が天国で芸術家達がしのぎを削っているのを見てこの世にまた戻って来た、という話

 

 

近くのアートギャラリーに行くと、1800年代などに描かれた、多くの貴婦人達の肖像画や、宗教画が飾ってあり、どれも非情に美しくて見入ってしまいます。写真撮影OKになったので、友人などは気に入った絵をカメラに収めていました。

 

それとは打って変わって、ほとんど客がいないのが、現代アートの階。絵も、「なんじゃこれ?」という子供の落書きみたいなものを芸術と言って堂々と飾っていたり、ゴミみたいなものを組み合わせてオブジェをつくっているんだけど、「だから何?」という自己満足しか感じられない作品ばかりです。

 

写真が登場して、写実的に描くなんてバカバカしいというトレンドになったんでしょうか?

 

才能というのは、実は天からのインスピレーションをいかにしてキャッチするかなのだ

 

ドイツ人のある科学者が臨死体験をして、その時に連れて行かれた天界で、魂が揺さぶれるほど、目もくらむような美しい自然を描こうとしている人を見たのだそうです。
その時、今度は地上で何万という多くの画家さんが、その絵を表現しようと森の絵を描こうとしているのを見せられたそうです。そして、「この天界の絵を表現しようとしている地上の画家達は大家とか天才と呼ばれている」と知らされたのだとか。
そして、この天界で絵を描いている方の画家も、またそれよりさらに上の界からの美の波動をキャッチして描いているのだと教えられたそうです。

 

次に、今度はこれもまた魂が震えるような素晴らしい詩をつくっている詩人に会い、その詩のせいで涙が止まらない状態に。するとまた、「この詩をキャッチした詩人が地上にいる」と言われ、その地上の詩人の姿が見えたのだとか。しかし、あまりに素晴らし過ぎる詩を途中まで書いて、その地上の詩人はしばし、陶酔。しかし、自分の才能に満足した瞬間に、ペンが走らなくなり、どう七転八倒しても美しいその詩を仕上げることができず、結局自分の頭で考えた数行を付け足した結果、ただの凡作に終わってしまったのだそう。

参照:すべての人は天に雇われている 加納伸眞士さん著

 

どうでしょうか、ひらめきやインスピレーションって、この話のように天から来ていると思いますか?それとも、自分自身の才能だ、こんな臨死体験話は出鱈目だ、と思われるでしょうか?

 

 

死んでも今と変わらず、足もあるんだよ。By斉藤一人さん

 

私は一人さんのファンなので、よくYoutubeなどで斉藤一人さんのお話を聞いているのですが、その中に「死んでも今と同じ」というお話がちょこっと出てきます。いつも冗談が多くて面白い話しばかりなので、ついそれも冗談の類と思う人もいるとは思うのですが
死んでも体は一緒で、足もあるんだよ。足ないんじゃないの。生きてる人と見た目変わらないの。そして死んでる自分の体がそこにあるから、あれって思うの」とは、臨死体験をした人が言うことそっくりそのままですよね。

 

エリザベス・キュープラー・ロス博士が著書にも書いていると思うのですが、臨死体験した人が、自分が救急蘇生されている所を上から見たとか、どういうことを言っていた、ということを、実際、蘇生後に証言しています。何を話していた、と言うことに関しては「その時すでに意識が甦っていたのか?」と思えるかもしれませんが、蘇生にかかわった医者の一人のポケットからペンが転がったということまで説明。しかも、その患者さんは盲目だったというオチも書かれていました。

 

斉藤一人さんやロス博士がちょっとずつ小出しにしてくれる死んだ後どうなるかという話を大雑把にまとめると

 

死んだらこうなる
死んだけど、意識が普通にある
死んだけど、体も同じで足もある
体は自由を取り戻す(例えば病気や怪我などで動けなかった場合)
死んだら目が見えたり、耳が聞こえるようになる(もう肉体でないのでその能力が戻ってくる)
大体、自分の死体を目にして「死んだのね」と実感する

 

気づいたその後が、人それぞれのようです。

 

肉体と全く同じ形の体があるっておかしいだろ、と思われると思うんですが、まあそれがよく「幽霊を見た」といわれる所以ですよね。私達は魂と言っても、火の玉ではなくて、エーテルという、肉体とそっくり同じ形のものが外側を形づくっているようです。
(でもこの物質界の物質ではないようです)

 

ま、ちょっとわかりづらくなってきたところで、いってみよう、わたしの不思議体験。

 

 

家族全員で体験した、私の不思議体験

 

私が経験した、臨死体験などとは違うのですが、不思議体験の一つに、誰もいないのに「大勢の人の歌声が大音量で聞こえた」というものがあります。

 

それが起こったのは、おばあちゃんの一連のお葬式が全て終わった夜。

 

うちのおばあちゃんが、不幸にも交通事故で亡くなってしまって、うちは田舎なので、お通夜とかお葬式とか、結構連日、やっていました。当時私は中学生?小学生の弟と、「子供は二階にいなさい」と言われて、子供達だけで本を読んだりテレビを見て時間を潰していました。階下の座敷では葬儀のこまごまとしたことが近所の大人たちによって粛々と日々、行われていました。(今では家で葬儀をする人もいなくなりました。隔世の感があります)

 

で、弟が、夜八時頃になると必ず「何か声がする」
と言うのです。

 

その日は私には何も聞こえなかったのですが

 

次の夜も「声がする。女の人の声のような、猫のような」というので耳を澄ませると
私にもかすか~に子猫の鳴き声のようなものが聞こえました。

 

「おかしいねえ」と話していたのですが、特に気にもせず、ほうっておきました。
弟は声がする声がする、と必要以上に怖がっていましたが…。

 

そして、葬儀も最後の大詰めを迎えた日、

 

二階にちょうど母も上がってきたので
前々から「八時ぐらいになると必ず声がするんよ」と弟と話していたけれど相手にされなかったけれど、懲りずにまたその話をしようとしたとき。

 

弟が
「声がする!」と言い出したのです。

 

その時はもう、葬儀は終わって、皆さんお帰りになった後のようでした。
私にも聞こえるので、ほらほら、と母に耳を澄ませるように言うと、

 

やっと母にも聞こえたようで、
「あっ、本当に猫みたいな声がする」
と言ってくれました。

 

私と弟だけの空耳じゃなくてよかった~、と思っていると

そのか細かった猫の声が、段々大きくなっていき、
ついには混声合唱団のような大勢の歌声のようなものに変わったのです。

 

その声、まさに、大音量。
気づかない方がおかしいレベル。

 

それも聞いたことのない音楽のようなお経のような不思議な歌声。

 

その間、私達は怖いというより、

 

どこから聞こえてるの???と思い、家のあちこちをうろうろしていました。

 

父もどこからか出てきて
「おい、どこから声が聞こえるんや?庭か?裏か?」などと行って外に出て行ったりしました。

 

母とベランダに一緒に上がったら、混声合唱団は最高潮の大声に。

 

母と私「ベランダの方がよく聞こえる」

 

おかしいなあ???と

家族全員で首を捻り、

この大音量、どうなってるの???

と思っていたんですが、

その後、しばらくして、何も聞こえなくなったんだと思います。(記憶が曖昧)

 

父とともに離れにいた叔父も聞いたらしく、

 

「あのな。お隣さん、宗教やってはるやろ。それちゃうか?今日、偶然、なんかの集会やったんちゃうか?」
と言い出しました。

 

家族一同、納得。

 

「ほな、わし、それとなく明日、聞いとくわ。お宅、なんかしてはったんか、言うて」

と父が言って、その夜はそれぞれが就寝。

 

そして次の日。

帰ってきた父いわく、

 

「あのな。聞いたんやけど、『うちはなんもやってへん!』て言われたわ。でもあの、なんか大きい声ずっと聞こえましたやろ、て聞いたけど『なんも聞こえへん』て言われた」

 

家族一同、顔を合わせて顔面蒼白に。

 

「あれはおばあちゃんが天国いけるように、霊の慰めの歌やったんちゃうか~」

という、結論に辿りついたのでした。

 

でも聞こえていた時、悪寒がするわけでなく頭痛がするわけでなく、いたって普通にこの聴覚で普通に声が聞こえていました。

 

なので、

 

霊っているんだろう

 

そして、別にそれは怖いことではないのだろう

 

と、私は結論づけたのでした。

 

しかし母は究極の唯物論主義者なので、そういう不思議体験をしても「空耳や」と譲らなかったり、
その後、母の弟の方の叔父が突然に亡くなったときも、ラップ音現象なるものが母の実家で何度も起こったそうなのですが、母自身は、長い間「空耳」で済ませていました。

 

あれだけ体験しても確信しない人というのもなかなか頑固だなと思いますが…。

 

といわけで、まとめとしては

体験しても頭で信じたくない人はやはり信じないものだ、

という感じでしょうかね?

 

まあ、へんな話なので、ファンタジーぐらいに感じていただければ幸いです。

 

というわけで、不思議話をお届けしました。

本日もお読みいただき、ありがとうございました!