こんな人が留学に来ていました。アラフォー語学留学の実態とは2

今と比べて、十数年前は、語学留学に行くこと自体が大変なことでした。
別に昔が大変だった自慢をするつもりはないのですが。ネットもメールは打てるからそのはるか昔のようにエアメールという時代ではないにしても、ネットを通じて今のように何かの申し込みもできないし、日本のテレビも見れないし…。

外国に留学するイコール日本とは完全にしばしお別れ、そんな感じ?

今より格段にハードルの高かった時に、三十も過ぎて果敢にも語学留学に来ていた人のお話です。

 

 

同じ語学学校に一年分の学費を納めた、三十半ばの独身女性は、英語は中学までしか勉強しなかったとのこと。

 

彼女の名前を借りにRちゃんとします。

そんなことあるの、と思うのですが、Rちゃんは商業高校を卒業してすぐ地元の大手企業に就職。商業高校では、商業英語の時間があったはずなのですが、本人曰く、

「英語は中学までの分しかやったことがない」

 

大手企業だったのに体を壊して退職したのが30代前半ぐらいで、親元から通っていたためにかなりの貯金があり、それをオーストラリアでの語学留学一年分に回したそう。

 

当時は、語学留学に三十代女性がいるというのは珍しいことだったと思います。私が同じ語学学校に入ったとき、彼女は既に半年ほどその学校にいて、心強く感じました。

 

彼女は一番下から二番目のクラスからスタート。(一番下はABCから習うクラス)

 

結構下から少しずつ力をつけて上へ上へと上がってきたんですね。

 

 

ホームステイも一年分申し込んだために、シェアハウス経験なし。

 

これも私が仰天した話。ホームステイは二食付き(週末は三食)のため、非常に割高です。ホストファミリーはオーストラリアでは一部屋と食事の提供さえすればよい(朝食はシリアルなどでOK)ので、語学の練習台になってくれる保証もないですし、夕飯もとんでもないものが出される場合もあります。

(インド人家庭になったため、食事が毎日カレーで死にそうになった子などもいますし、ドイツ人家庭で、ゆでた野菜だけがちょろっと出てきて、毎日お腹をすかせている子などもいました)

 

Rちゃんは特に食事の不満は言ってなかったので、普通のオージー家庭の普通の食事だったんだと思います。

 

しかし、ホームステイはとにかく制限があって、大人からするとかなり厳しいのです。

 

夕飯が出るということは、それまでには帰宅しておかないといけないとか。

 

小学生っぽい?生活を余儀なくされるというか。

 

それに、ホームステイはとにかく割高なので、皆、せいぜい一ヶ月、長くて三ヶ月程度申し込んでおいて、その後、シェアハウスに移っていくことが多いです。

学校自体、数ヶ月しか申し込まない人も多いですが。

 

それを、よく一年も申し込んだな~、というのが私の感想。かく言う私は英語の練習の相手になってくれ、料理のうまいホストマザーのことが好きだったので、私も思いがけず長くホームステイしていたのですが。

 

もしかすると英語がよくわからなかったからなのかな?と意思の疎通がうまくいってなかった風もあるのですが、

 

よく、「ファミリー全員分の皿洗いをさせられて、三十分ぐらいかかる」とこぼしていました。

 

よくよく聞くと、自分のお皿は自分で洗ってね、と言われていただけだったのに、

そこに他の家族の汚れた食器がシンクにたまっていたら気になって洗っていたら、「ありがとう」も言われず、それが仕事になってしまったとのこと。

 

そういう、どこまでも不器用なRちゃんでした。

 

こういうことは、学校を通じて言えば、なんらかの改善はあったのではと思います。

 

でも、日本人のご多分に漏れず、陰で不満を言うぐらいしか、できなかったようでした。

 

 

 

一年語学学校に通った成果はほぼなかった…ように見えたけれど。

 

Rちゃんは、私や他のやる気のある?日本人生徒とは違い

ネイティブ相手じゃないと話したくない」と言って、外国人同士で英語を話す、ということをまるでしない人でした。

 

ネイティブと話さないと、変なクセがつくし、他の外国人の英語の訛りが理解できない、と言って、ちょっと私をイラっとさせてくれたんですけど。

 

Rちゃんとしては、語学留学の一年は、先生に恋したり、はじめて親元を離れてみたり、年下君と淡いおつきあい?があったり、三十代半ばではあったけど、それなりに青春だったはず。

 

Rちゃんは(私より年上だったにもかかわらず)本当に精神年齢が低いというか、子供っぽい人だったんですよ。本人も人より十年遅れている、と言って笑っていました。

 

しかし、英語は自分が練習しないせいで、(外国人ばかりで話しているのに、何かというと私にすぐ日本語でボソッとネガなコメントしてくる)大金はたいて一年も語学留学したにもかかわらず、相変わらずなたどたどしい英語…。

 

学校を無遅刻無欠席で卒業し、そのまま、最初で最後の旅行と称して、これまた結構なお金を使って三週間ほどのオーストラリア周遊旅行に行ったRちゃん。

 

全部英語のツアー、というのが自慢だったRちゃん。

 

そして戻ってきたら…、

 

なんと、日本語を三週間話さずひたすら英語ガイドの話を聞いていた彼女、格段に英語がうまくなり、ペラペラになって帰ってきました。

 

一年間の蓄積があり、なおかつ日本語シャットダウンで英語のシャワーを毎日聞いていたからこうなったのかもな~、と私はひたすら感心しましたよ。

 

そのままもう少しオーストラリアにいたら、せっかくそこまで英語が伸びたんだし、と言ったのですが、

「お父さんが帰って来いって言うから」とにこにこして、彼女は日本に帰国してしまいました。

 

その後、彼女は青春よもう一度、という感じだったのでしょうか、また同じ学校に語学留学に来たんですけど、残念ながらその時には、英語レベルは元に戻ってしまっていました。

 

日本にいたら、英語力が落ちてしまうんだよね。今だったらオンライン英会話とかあるけど、当時はそういうものはなかったし。

 

それでも、やっぱり彼女にとってのオーストラリア留学は、宝物だったに違いないよな、と十数年経った今でも、思う私です。

 

ちなみに、Rちゃんはこの語学留学のことを自費出版したそう。

 

今だったら、数ある留学ブログの一つでも、書いていたかもしれないですね~。

 

以上、私にとって印象的だった、二人の三十代半ばの留学生さんのお話、でした。今は、四十代やアラフィフの学生さんも普通にいるみたいですけど、当時は三十代後半って、かなりオバさんな年齢だったんですよね~。隔世の感があります。

 

まあ、語学を学ぶには、やっぱり早いほうがいいというのが私の持論です。月並みですけども。

 

というわけで、今日もお読みいただき、ありがとうございました!