「普通」になれないから海外移住しました

みなさん、こんにちは。

 

オーストラリアに住むアラフィフの筆者は、普通になりたいと切望していましたが、その結果苦しくなりすぎて国外脱出をはかりました。

今回は、普通にならなくてもいいんだよ、というお話です。

 

 

「普通こうでしょ」というセリフがめちゃめちゃ怖かった二十代の頃

 

私が二十代の頃、そう、それはテレビ、新聞、雑誌などが今よりものすごく大きなパワーを持っていた時代の話。

 

流行は次から次に変わるし、その流行に乗っていかないと馬鹿にされるような風潮がありました。洋服もメイクも髪型もぜーんぶ流行。だからみんな同じ髪型。

 

私はずっとロングヘアで、自分が好きだからその髪型だったけど、当時はショートがはやっているのにロングだと「どうして切らないの?」とわざわざ聞かれたほど。

「どうしてみんな、好きな髪型がないの?」「どうして流行でなく、似合う髪型にしないの?」と私は当時思っておりました。

 

余談だけど、ショートが流行ったすぐ後に「今年の秋の流行はロング!」ってなった時には、ロングを貫きとおしていた私は思わず笑ってしまったよ。

ヘアエクステンションが初めて出てきたぐらいのときで、さすがにそれは無理がありすぎると業界も後々反省したのではないかと思う。

そんな私だけど、それでも「普通」になるのに必死だったです。

みんな口癖のように「普通こうでしょ」って現在よりも言っていたんではないかな。

そういわれたらぐうの音も出ない。言われたら心臓がバクバクする。

 

恐怖の言葉、「普通そうでしょ」

 

だって、なぜか自分はいつも普通とはかけはなれていたから。

 

 

晴れて海外に来てみると、普通は普通でなかった

 

日本には、「普通」という「こうでなければならない」基準がめちゃめちゃ多い気がします。

そしてその基準がめちゃめちゃ高い。

 

青息吐息です。

 

日本人、優秀すぎ。

手先、器用すぎ。

真面目すぎ。

 

そして、もう一つ、普通じゃない人に対して不寛容すぎ

 

オーストラリアには色んな人がいます。在住日本人は色んな人がいるとは言いがたいけど・・・。

だから流行、とか、普通、とか一定の基準を作るのはものすごく困難です。

 

「あなたはそういう人なのね、オッケー」それでおしまい。

だからすごーく寛容な社会だと思います。

 

私はそこが、ものすごく好きで、居心地がいい。

そういう意味でオーストラリアは日本より進んでいる社会だと思う。

日本には多文化国家の道は歩んでもらいたくないですが、

 

その「普通」は押し付けられた基準なんだということに、たくさんの人が気づいたら、もっと住み良い世の中になるし、人に対して寛容になれると思います。

 

 

 

「普通との戦い」は自分を中心に自分の感覚にフォーカスすること

 

私が好きでよく見ていた動画、「地球に生まれた宇宙人へ」。

 

久しぶりに動画がアップされていて、やっぱりいいこと言うなあと思ってしまいました。

以下、引用です。

 

周りを見ると普通から外れることを恐れ

自分の存在を柔らかく否定している。それがとても不自然に感じませんか?

 

今はもう、この地球の多種多様を推進していく時代です

そのために今回は、その多様性の邪魔をしている

普通に光を当ててその幻想を潰していきます

なぜならばこの多様性の追求が幸せの扉だと僕は信じているからです

 

ではなぜ僕たちは多様性を求めず普通を求めてしまうようになったのか

(中略)

その現象に気がついて風穴を開けます

 

ちょっと穴が開くともう「普通には」戻れなくなってしまう

その辺をイメージしてスタートです

まずは大きな視点からです

 

この世界の大きな問題だと僕が考える普通は図にするととても単純でわかりやすい

ものです

それがこの図になります

 

 

縦軸が同じ人の数が多いか少ないか

横軸がその価値の高さです

一般的には極端に価値が低い人の数は少なく

価値が上がっていくに従って徐々に増えていき

ある一定のラインを超えると今度は人数が減っていく

そんな感じです

 

例えば貨幣経済の原則はこれで説明ができます

小さな頃から左側の価値が低い世界で生きる層と右側の価値が高い

世界に生きる層がいます

 

右端にいる人たちがこのグラフ全体のコントロールをしていると言われています

コントロールされている人たちはこの図のなるべく

右側に行こうと頑張ります

そして 金融 業界を中心としたマスコミや上場企業などは左側の人たちを右側に行けるように見せかけて

資産を合法的に搾取するのが一つの手段となっています

経済社会の原理原則です

(中略)

 

自分のパターンに気付くきっかけだと思ってください

まず自分が最近何か窮屈に感じることへ何か転換点だと感じていることに思いを馳せます

(中略)

 

大人になることはこの力にそういうことと教えられ

嫌なことや苦手なこともこの坂を登って普通になる

人生の時間はそのためにある

その小さな頃から悩まされてきたその問いに

明確な答えが出ます

引用 地球に生まれた宇宙人へ(普通と戦う)

 

 

私達は「こういうものだ」と教えられ、それに向かっていくように方向付けられています。なので、自分が常識と思い、でも自分の本心はそこにそえずに苦しむということになってしまう。

 

正しいと思い込まされているものが、本当は正しくない、あるいはどうでもよいことだったりするのですよね。

 

それに気づくには、自分と向き合う。

自分の感情と向き合う。

 

そしてなぜそう思ってしまったのか?分析していく。という地味な作業が必要になってきます。

 

でも、そんなに苦しくないはずなんです、この作業は。

 

気づきがやってきて、そのうち俯瞰できるようになります。

「あ、これは自分にとって重要なことではなかった

「なのに普通こうでなければ」ととらわれていた。

 

そんな感じになっていけば

 

他人に対しての「普通」からのハズレ具合にも寛容になっていけると思います。

 

そして、普通から明らかに外れている人たちが、面白い、と思えるようになっていけると思います。(あるいはどうでもいい、となるんでしょう)

 

というわけで、本日もお読みいただき、ありがとうございました!